社内タレントマーケットプレイスとは、社員のスキル・経験・キャリアの希望と、社内のポジションやプロジェクト、社内副業などの機会を双方向で結びつける仕組みです。会社が募集する社内公募や、社員が自分を売り込むFA制度よりも対象とする機会が広く、専用のプラットフォームを指して使われることもあります。
本記事では、社内公募などとの違い、導入前に整える人材データと運用ルール、既存の制度から段階的に始める手順を解説します。
社内タレントマーケットプレイスとは、社員と社内の仕事を双方向に結びつける仕組み
社内タレントマーケットプレイスは、社内にある仕事の機会と、それを担える・担いたい社員を見える化し、両者が出会えるようにする仕組みです。「マーケットプレイス(市場)」という言葉のとおり、会社側は人材を探し、社員側は機会を選ぶという、双方向のやり取りが前提になります。
従来の異動は、会社や人事部門が配置を決め、社員はそれに従う形が中心でした。社内タレントマーケットプレイスでは、社員が自分のスキルや希望を登録し、公開された機会に自ら手を挙げられます。受け入れ部門も、登録情報をもとに候補者へ声をかけられます。
外部採用を考える前に、まず社内にいる人材を確認するという考え方でもあります。ただし、社内で必要な人材が必ず見つかるわけではありません。外部採用や育成と組み合わせて使う仕組みとして捉えることが大切です。
対象となる「社内の機会」はポジション・プロジェクト・社内副業など
マッチングの対象は、正式な異動先のポジションだけではありません。企業によって、次のような機会が対象になります。
| 機会の種類 | 所属の変更 | 関わり方の例 | 向いている目的 |
|---|---|---|---|
| 異動ポジション | あり | 空きポストや新設ポストへの異動 | 本格的なキャリアチェンジ、適任者の配置 |
| プロジェクト | なし(期間限定) | 部署横断の案件にメンバーとして参加 | 短期の人材確保、経験の幅を広げる |
| 社内副業・社内兼務 | なし | 業務時間の一部で他部署の業務を担当 | 異動前のお試し、スキルの活用 |
| メンター・相談相手 | なし | 経験者が他部署の社員の相談に乗る | 知見の共有、キャリア支援 |
期間や業務時間の割合は、自社で定めるものです。経済産業省の人材版伊藤レポート2.0でも、社員の希望に対して、まず社内の他部署との兼務や別プロジェクトへの参加を認める工夫が紹介されています。いきなり異動を対象にせず、関わり方の軽い機会から始めることもできます。
「制度・運用」と「システム」の2つの意味で使われる
社内タレントマーケットプレイスという言葉は、文脈によって次の2つの意味で使われます。
- 制度・運用としての意味:社員と社内の機会を結びつける人事の仕組み全体
- システムとしての意味:プロフィール登録、機会の掲載、応募、マッチングなどを行う専用のプラットフォーム
システムがなくても、社内ポータルや既存の人事システムで機会を公開し、応募を受け付ければ、仕組みとしては始められます。本記事では、制度・運用を含む広い意味で扱います。
社内公募・社内FA・自己申告・タレントマネジメントとの違い
社内タレントマーケットプレイスは、既存の異動制度とどう違うのでしょうか。主な制度と比較すると、次のように整理できます。
| 制度・仕組み | 起点 | 主導する主体 | 異動などの決定者 | 対象となる機会 |
|---|---|---|---|---|
| 自己申告制度 | 社員が希望を申告 | 人事部門 | 人事部門・各部門 | 主に異動 |
| 社内公募制度 | 部門が求人を公開 | 各部門 | 各部門 | 主に空きポジション |
| 社内FA制度 | 社員が自分を売り込む | 社員本人 | 各部門 | 主に異動 |
| 社内タレントマーケットプレイス | 双方向 | 部門と社員(人事が基盤を運営) | 自社のルールによる | ポジション、プロジェクト、社内副業など |
出典:千野翔平「日本における社内公募制度の現状と課題」『日本労働研究雑誌』No.774(2025年1月)の整理をもとに作成
社内公募は「求人型」、FAは「求職型」、マーケットプレイスは双方向型
上記の論文では、自己申告制度を情報収集型、FA制度を求職型、社内公募制度を求人型と整理しています。社内タレントマーケットプレイスは、求人型と求職型の両方の動きを一つの場で扱い、対象を異動以外の機会にも広げたものと捉えると分かりやすいでしょう。
同論文では、民間調査(2022年)をもとに、社内公募制度の導入率を42.2%、FA制度を11.8%、自己申告制度を67.5%と紹介しています。社内公募は約4割の企業に広がっている一方、社員側から動けるFA制度はまだ少数です。
すでに社内公募制度がある企業は、それを土台にできます。社員側の希望・スキルの登録と、対象とする機会の拡大を加えれば、双方向の仕組みに近づきます。
なお、タレントマネジメントは、社員の能力や経験を把握し、配置・育成・評価に生かす人材マネジメントの考え方です。社内タレントマーケットプレイスは、その考え方を「社員と機会を結びつける場」として実行する方法の一つと位置づけられます。
会社が候補者を探す「社内人材検索」との違い
人事や案件責任者が、必要なスキルや経験を条件にして社内の候補者を探す方法もあります。この場合、起点は会社側で、社員はまだ探されていることを知りません。
社内タレントマーケットプレイスでは、この検索に加えて、社員側からの応募や希望の登録が加わります。会社側が条件を決めて候補者を探す方法は、社内人材検索の進め方で解説しています。
注目される背景は、社内の人材を把握・再配置する必要性の高まり
社内タレントマーケットプレイスが注目される背景には、事業の変化に合わせて人材を素早く配置し直す必要性と、社員が自らキャリアを選びたいという意識の高まりがあります。
経済産業省の人材版伊藤レポート2.0(令和4年5月)は、社員が異動・退職して空くポジションについて、できる限り公募を行う考え方を示しています。社内外の副業・兼業を含む多様な働き方を選べる環境の整備や、社員のスキル・経験を示す情報の整備も挙げられています。
ただし、このレポートは全項目にチェックリスト的に取り組むことを求めるものではないとしています。自社の状況に合う取り組みを選ぶことが前提です。
令和6年8月28日には、内閣官房・経済産業省・厚生労働省がジョブ型人事指針を公表しました。指針は、職務ごとに必要なスキルを明らかにし、社員が自らリ・スキリングや職務を選択できる制度への移行の重要性を示しています。掲載された導入企業の事例には、社内公募や社内副業を拡充した取り組みも含まれます。
なお、社内公募や社内タレントマーケットプレイスの導入を企業に義務づける法令は、確認した範囲では見当たりませんでした。導入するかどうかや範囲は、各社が判断する事項です。
期待できる効果と、先に知っておきたい課題
社内タレントマーケットプレイスには、企業と社員の双方にとって期待できる点があります。一方で、運用上の課題も指摘されています。導入前に両方を把握しておきましょう。
企業・社員それぞれに期待できること
企業側
- 社内に埋もれていたスキルや経験を見つけやすくなる
- 外部採用の前に社内候補を確認できる
- 部署を越えた人材の活用や知見の共有が進む
社員側
- 社内にどのような仕事があるかを知り、キャリアを考えやすくなる
- 転職せずに新しい仕事に挑戦できる
- 社内副業やプロジェクトで、異動前に適性を確かめられる
これらは仕組みが機能した場合に期待できることです。導入すれば必ず定着率や生産性が上がるわけではありません。効果は、公開する機会の質、選考の公正さ、異動後の支援などの運用に左右されます。
送り出し部門の調整・不採用者へのフィードバック・異動後の定着
先述の論文では、社内公募制度を運用する企業事例をもとに、次のような課題が挙げられています。
- 不採用者へのフィードバック不足:異動希望が叶わなかった人に十分な説明がされていない傾向があり、落胆が離職につながるおそれがある
- 人事部門の関与の度合い:人事が関与すると応募の秘匿性が下がり応募意欲に影響しうる一方、俯瞰的な支援ができるという側面もある
- 異動後のギャップ:希望が叶って異動した人でも、期待される役割が分からないなど、新しい職場で適応に苦労する場合がある
このほか、優秀な社員を手放したくない送り出し部門の抵抗も起こりがちです。人材版伊藤レポート2.0でも、公募後に応募者へ丁寧にフィードバックすることや、着任後の状況に応じて再異動を含めて柔軟に対応することが工夫として示されています。
導入前に整える3つの前提:人材データ・対象の仕事・運用ルール
社内タレントマーケットプレイスは、システムを入れるだけでは機能しません。次の3つの前提を先に整えます。
人材データ:スキル・経験・希望と更新日をそろえる
社員と機会を結びつけるには、社員側の情報が必要です。少なくとも次の項目を検討します。
- 保有スキルと、対応できる業務の範囲
- これまでの業務経験・プロジェクトでの役割
- 資格と有効期限
- キャリアの希望(挑戦したい業務、関心のある領域)
- 異動や社内副業への参加可否、可能な時期
- 情報の更新日と、誰が確認したか(本人申告/上司確認)
スキル欄が空欄でも、そのスキルがないとは限りません。「保有していない」「未登録」「未確認」を区別できるようにしておくと、マッチングの見落としを減らせます。
スキル・経験から候補者を探すための項目の整え方は、社内人材検索の進め方も参考にしてください。
対象の仕事:要件と期待する役割を公開できる形にする
社員が応募を判断するには、仕事側の情報も欠かせません。募集情報には、次のような内容を記載します。
- 業務内容と期待する役割・成果
- 必須要件と歓迎要件(育成で補える要件は歓迎に回す)
- 期間、業務時間の割合、所属変更の有無
- 受け入れ部門の体制と、着任後の支援内容
人材版伊藤レポート2.0は、ポジションの要件が不明確だと挑戦する意欲が生まれにくく、異動後のミスマッチも生じやすいと指摘しています。公開する機会が将来どの役割につながるかを示すには、キャリアパスの設計・活用のポイントを併せて整理しておくと、社員が応募を判断しやすくなります。
運用ルール:応募条件・上司への伝え方・選考・フィードバック
制度を公平に運用するため、次の点を事前に決めて社内に公開します。
- 応募資格:在籍期間の条件を設けるか、誰が応募できるか
- 所属長への伝え方:応募時点で知らせるか、選考通過後や内定後に知らせるか
- 選考者と選考方法:受け入れ部門の責任者、人事の同席の有無、面談の回数
- 結果の伝え方:採用・不採用ともに理由を伝えるか、誰が伝えるか
- 異動時期の調整:送り出し部門の引き継ぎ期間をどう確保するか
- 異動後の支援:オンボーディング、一定期間後の面談、再異動の扱い
特に、所属長への通知のタイミングと不採用者へのフィードバックは、社員の応募意欲を大きく左右します。曖昧にしないようにしましょう。
労務・個人情報で確認すること
社内の異動や業務変更を伴うため、労務と個人情報の両面で確認が必要です。
労働条件明示との整合
2024年4月1日施行の労働基準法施行規則の改正により、すべての労働契約の締結時と有期労働契約の更新時に、「就業場所・業務の変更の範囲」を明示することになりました(厚生労働省「令和6年4月から労働条件明示のルールが改正されます」)。
マーケットプレイスで公開する機会が、対象社員に明示した変更の範囲に収まるかを確認しておきましょう。職種や勤務地を限定して雇用している社員を対象に含める場合は、個別の取り扱いを社会保険労務士や弁護士に確認することをおすすめします。
個人情報の取り扱い
スキル・評価・キャリア希望などは、個人情報にあたります。個人情報保護委員会のガイドライン(通則編)を踏まえ、次の点を整理します。
- 何のために人材データを利用するのか(利用目的の特定)
- 情報を正確かつ最新に保つための更新ルール
- 誰がどの情報を閲覧・出力できるかという権限設定(安全管理措置)
- 取り扱う担当者への教育・監督
評価結果や面談記録などを、マッチングのために社内へ広く公開する必要はありません。社員が公開に同意した範囲だけを他部署に見せる設計も検討しましょう。
社内タレントマーケットプレイスを始める5ステップ
いきなり全社で始めるよりも、範囲を絞って試し、改善しながら広げる方が進めやすくなります。
- 目的と確認する指標を決める
「新規事業に社内から人材を集めたい」「若手の離職を防ぎたい」など、解決したい課題を一つに絞ります。応募件数、マッチング成立件数、異動後の定着状況など、何を確認するかも決めておきます。 - 対象範囲と公開する機会を選ぶ
対象部門や職種、公開する機会の種類を絞ります。初回は、所属変更を伴わないプロジェクトや社内副業から始めると、送り出し部門の抵抗が小さく、試しやすくなります。 - 人材データと運用ルールを整える
前章の3つの前提を、対象範囲に必要な分だけ整えます。全社員のデータを完璧にそろえる必要はありません。 - 小規模で試行する
機会を公開し、応募・選考・結果通知・異動後の支援まで一通り運用します。応募者、受け入れ部門、送り出し部門の三者から感想を集めます。 - 振り返り、範囲を広げる
ステップ1で決めた指標と三者の声をもとに、要件の書き方、通知のタイミング、支援内容を見直します。うまく回る形ができたら、対象部門や機会の種類を広げます。
異動後に期待した役割を担えているかの確認方法は、適材適所の人材配置を進める手順も参考にしてください。
導入準備チェックリスト
- 解決したい課題と確認する指標を決めている
- 対象範囲と公開する機会の種類を決めている
- 人材データの項目と更新ルール、更新日を確認している
- 募集情報に必須要件・歓迎要件・期待役割を記載している
- 応募資格と所属長への通知のタイミングを決めている
- 選考者、選考方法、結果の伝え方を決めている
- 不採用者へのフィードバック方法を決めている
- 異動後の支援と、一定期間後の確認方法を決めている
- 人材データの利用目的と閲覧権限を整理している
- 公開する機会と、労働条件で明示した「変更の範囲」との整合を確認している
専用システムが必要かは、対象人数と機会の数で判断する
社内タレントマーケットプレイスを始めるのに、専用システムは必須ではありません。対象人数や機会の数、更新の頻度に応じて管理方法を選びます。
| 方法 | 向いている場面 | 必要な準備 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| Excel・社内ポータル | 対象部門を絞った試行、機会が少数 | 項目・表記の統一、応募窓口の設定 | ファイルの複製、同時更新、閲覧権限の管理が難しい |
| 既存の人事システム | 人材データがすでに集約されている | 管理項目の追加、権限設定 | 応募受付やマッチングの機能は製品によって異なる |
| 専用プラットフォーム | 全社展開、機会が多数、継続的なマッチング | 既存データとの連携、運用ルールの設定 | 導入・運用の費用、データの二重管理を避ける設計 |
人材データベースや権限管理など、システム全般の比較観点はタレントマネジメントシステムの機能と選び方で確認できます。
システムを選ぶときに確認する項目
システムを比較する際は、機能名だけで判断せず、自社の運用ルールに沿って確認します。
- スキル・経験・キャリア希望を、自社に合った項目で登録・更新できるか
- 機会の公開範囲や、情報ごとの閲覧権限を細かく設定できるか
- 応募の事実を所属長に知られないタイミングを設定できるか
- 既存の人事データと連携でき、二重入力が発生しないか
- 必要な機能が、標準機能・オプション・外部サービス連携のどれにあたるか
人材情報の基盤づくりにサイレコを活用する場合
HRオートメーションシステム「サイレコ」は、組織人事の情報を蓄積し、経営情報としての活用を支援するクラウド型人事管理システムです。公式サイトの機能紹介では、次の機能が案内されています。
- 管理項目をカスタマイズできる従業員管理と、CSVファイルによる情報の一括登録
- 現在・過去の組織図の確認と、組織図を見ながらの人事異動シミュレーション・未来の組織図作成
- 基準日を設定した組織構成の履歴検索
- 申請・承認のワークフロー
社内タレントマーケットプレイスに必要なスキル・経験などの人材情報を整え、異動後の組織構成を確認する場面で、これらの機能を活用できます。
一方、機会の掲載、社員の応募受付、マッチングといった機能は、公式の機能紹介では確認できませんでした。必要な機能の有無や、標準・オプションの区別、料金は、導入検討時に確認してください。
サイレコで確認できる機能の一覧は、サイレコの機能紹介をご覧ください。
社内タレントマーケットプレイスのよくある質問
中小企業でも取り組めますか?
取り組めます。部署やポストが少ない場合でも、部署横断のプロジェクトや社内副業、メンターなどの機会を社内に公開することから始められます。まずは少数の機会で応募から結果通知までを試し、運用ルールを整えましょう。
社内公募制度があれば、社内タレントマーケットプレイスといえますか?
社内公募はその一部にあたります。社員側がスキルや希望を登録して部門から声がかかる仕組みや、異動以外の機会の公開が加わると、双方向の社内タレントマーケットプレイスに近づきます。既存の社内公募制度は土台として生かせます。
応募したことを所属長に知られずに進められますか?
自社のルール次第です。応募時点では所属長に知らせず、選考通過後や内定後に知らせる運用もあります。応募の秘匿性は社員の応募意欲に影響するため、通知のタイミングを事前に決めて社内に公開しておきましょう。
専用システムは必須ですか?
必須ではありません。対象を絞った試行であれば、社内ポータルや既存の人事システムでも運用できます。対象人数や機会の数が増え、更新や閲覧権限の管理が難しくなった段階で、専用システムの導入を検討します。
まとめ|既存の制度とデータの棚卸しから始める
社内タレントマーケットプレイスは、社員のスキル・経験・希望と、社内のポジションやプロジェクト、社内副業などの機会を双方向で結びつける仕組みです。会社が募集する社内公募や、社員が自分を売り込むFA制度よりも、対象とする機会が広いのが特徴です。
仕組みを機能させるには、次の3つの前提が欠かせません。
- 社員のスキル・経験・希望を最新の状態で把握できる人材データ
- 要件と期待役割を明示した、社内に公開できる機会
- 応募資格、所属長への通知、選考、フィードバック、異動後の支援を定めた運用ルール
最初の一歩は、自社にすでにある社内公募や自己申告制度、人材データの状態を棚卸しすることです。そのうえで、プロジェクトや社内副業など小さな機会から試行し、運用を改善しながら範囲を広げていきましょう。
社内の機会と人材を結びつける前提として、スキルや経歴、異動履歴をどこで管理するかを決める必要があります。人材情報の一元管理や組織図を使った異動の検討から始める場合は、サイレコの機能を確認することから始めてください。自社で必要な管理項目や閲覧範囲に対応できるかは、導入検討時に確認しましょう。
参考情報