コンピテンシー辞書を作る際は、「主体性」「リーダーシップ」などの能力名を並べるだけでは不十分です。自社で成果につながる行動を整理し、コンピテンシーの定義、具体的な行動指標、レベル別の基準まで落とし込む必要があります。
コンピテンシーディクショナリーは、職種ごとに必要なコンピテンシーを整理し、その発現度合いを具体的なレベルで定義したものです。高い業績を上げている人へのインタビューなどから、成果につながるコンピテンシーを抽出する考え方もあります。
この記事では、コンピテンシー辞書を作る目的の決め方から、項目の抽出、行動への具体化、レベル設定、試行、評価・育成への活用まで、実務で使える作成手順を解説します。
コンピテンシー辞書とは?作る目的と基本構造
コンピテンシーとは、特定の職種や状況において、高い成果につながる行動特性や思考特性、知識、技術、能力などを指す考え方です。人事評価や人材育成、採用などの場面で活用されています。
コンピテンシー辞書は、こうしたコンピテンシーを職種や役割ごとに整理し、評価や育成に利用できる形にしたものです。
重要なのは、単に「主体性」「協調性」「問題解決力」といった言葉を並べることではありません。その言葉が自社ではどのような行動を意味するのかを具体化することが、コンピテンシー辞書を作るポイントです。
デジタルラーニング・コンソーシアムも、コンピテンシーディクショナリーについて、職種に必要なコンピテンシーを列挙し、発現度合いを具体的なレベルで定義するものと説明しています。
デジタルラーニング・コンソーシアム「コンピテンシーディクショナリー」
コンピテンシー辞書に記載する基本項目
コンピテンシー辞書を作る場合は、少なくとも次の項目を整理すると、評価や育成に利用しやすくなります。
| 項目 | 記載する内容 |
|---|---|
| コンピテンシー名 | 主体性、問題解決力、顧客志向など |
| 定義 | そのコンピテンシーが自社で何を意味するのか |
| 行動指標 | 実際に観察できる具体的な行動 |
| レベル | 期待される行動水準や発揮度 |
| 対象 | 職種、役割、等級など |
このように「名称→定義→行動→レベル」まで整理することで、評価者によって解釈が変わりにくい基準を作りやすくなります。
コンピテンシー辞書を作る前に「何のために使うか」を決める
コンピテンシー辞書を作るときに最初に決めたいのが、何のために使うのかです。
人事評価に使うのか、人材育成に使うのか、採用基準として利用するのかによって、必要な項目や具体化の方法は変わります。
例えば人事評価に使うのであれば、評価者が実際の行動を確認できる基準が必要です。一方、人材育成に利用する場合は、「現在どの行動が不足しているのか」「次にどのような行動を身につけるべきか」が分かる設計が重要になります。
対象となる職種・役割・等級を決める
次に、誰を対象にするのかを決めます。
- 全社員共通のコンピテンシー
- 管理職に求めるコンピテンシー
- 営業職に求めるコンピテンシー
- 専門職に求めるコンピテンシー
- 等級ごとに求めるコンピテンシー
すべての職種に同じ行動基準を設定すると、実際の仕事とのズレが生じる可能性があります。共通して求める行動と、職種・役割ごとに求める行動を分けて考えると整理しやすくなります。
コンピテンシー辞書の作り方6ステップ
コンピテンシー辞書は、次の6ステップで作成すると進めやすくなります。
- 作成目的と対象を決める
- 成果につながる行動を洗い出す
- 行動を分類・整理する
- コンピテンシーの定義を作る
- 行動指標とレベルを設定する
- 現場で試行して修正する
STEP1|作成目的と対象を決める
まず、コンピテンシー辞書を何に使うのかを決めます。
例えば「人事評価に利用する」という目的なら、評価者が確認できる行動を中心に設計します。「人材育成に利用する」のであれば、現在の状態と目指す状態の差が分かるようにレベルを設定します。
同時に、対象となる職種や役割、等級も明確にします。
「誰の、どのような場面で、何を判断するための辞書なのか」を最初に決めることがポイントです。
STEP2|成果につながる行動を洗い出す
次に、その職種で高い成果につながっている行動を洗い出します。
コンピテンシーディクショナリーの作成では、高い業績を上げている人へのインタビューなどから、その職種で成果を上げるために必要なコンピテンシーを抽出する方法があります。
例えば営業職であれば、単に「営業力が高い」とまとめるのではなく、次のように具体的な行動を確認します。
- 顧客の発言から潜在的な課題を整理している
- 商談前に過去の取引情報を確認している
- 顧客の課題に合わせて提案内容を変更している
- 商談後に次のアクションを明確にしている
このように、成果を生み出している人が「実際に何をしているのか」を掘り下げることが重要です。
STEP3|似た行動をまとめて項目化する
洗い出した行動をそのまま辞書に登録するのではなく、似た行動をグループ化します。
例えば、次の行動が複数見つかったとします。
- 自分から課題を見つける
- 問題が起きる前に対応する
- 上司から指示される前に改善案を出す
- 必要な関係者に自ら働きかける
これらは「主体性」というコンピテンシーにまとめられる可能性があります。
ただし、最初から一般的なコンピテンシー用語に当てはめるのではなく、まず自社で実際に起きている行動を整理することが重要です。
STEP4|コンピテンシーの定義を作る
項目を整理したら、それぞれのコンピテンシーに定義を設定します。
例えば「主体性」という項目を設定する場合、「自ら考えて行動する能力」とだけ書くと、評価者によって解釈が変わる可能性があります。
そこで、次のように自社での意味を具体化します。
主体性:担当業務や組織上の課題を自ら捉え、必要な情報を収集したうえで、改善や解決に向けた行動を起こす。
この定義を基準として、実際の行動指標を設定していきます。
STEP5|具体的な行動指標とレベルを設定する
コンピテンシー辞書を実務で使えるものにするうえで、特に重要なのが「行動指標」と「レベル」です。
例えば「主体性」を次のように段階化できます。
| レベル | 行動の目安 |
|---|---|
| レベル1 | 指示された業務について、自分で確認しながら最後まで実行する |
| レベル2 | 担当業務の課題に気づき、改善方法を考えて上司に提案する |
| レベル3 | 周囲を巻き込みながら課題解決を進め、継続的な改善につなげる |
これはあくまで作成例ですが、重要なのは、レベルが上がることで「何ができるようになるのか」が分かることです。
「主体性が高い」「主体性が非常に高い」のような表現だけでは、評価者が具体的な判断をしにくくなります。
評価に使うのであれば、できるだけ実際に観察できる行動に置き換えましょう。
STEP6|現場で試行して修正する
辞書を完成させたら、すぐに全社へ展開するのではなく、対象となる職種や部署で試行する方法があります。
確認したいのは、主に次のポイントです。
- 評価者によって判断が分かれないか
- 実際の業務で観察できる行動になっているか
- 似た項目が重複していないか
- 評価項目が多すぎないか
- 社員が内容を理解できるか
- 育成やフィードバックにつなげられるか
試行で見つかった問題を修正してから正式運用に移すことで、制度として定着させやすくなります。
コンピテンシー辞書の作成例|「主体性」を行動レベルまで具体化する
コンピテンシー辞書を作る際によくある問題が、項目名だけで終わってしまうことです。
例えば、次のような評価項目を設定したとします。
| 抽象的な表現 | 問題点 |
|---|---|
| 主体性 | 何をすれば主体性が高いのか分からない |
| リーダーシップ | 役職者だけが対象なのか判断しにくい |
| 顧客志向 | どの行動を見て評価するのか分からない |
| 問題解決力 | 問題を見つけることと解決することの区別がつかない |
この状態では、評価者の経験や価値観によって判断が変わる可能性があります。
そこで、「項目名→定義→具体的な行動→レベル」という順番で具体化します。
| 項目 | 定義 | 行動例 |
|---|---|---|
| 主体性 | 課題を自ら捉え、必要な行動を起こす | 担当業務の問題点を整理し、改善案を提案する |
| 顧客志向 | 顧客の状況や課題を理解し、適切な対応につなげる | 顧客の要望だけでなく背景にある課題を確認する |
| 問題解決力 | 問題の原因を整理し、解決に向けて行動する | 原因を切り分け、関係者と解決策を検討する |
このように具体化すれば、評価だけでなく、本人へのフィードバックや育成計画にも利用しやすくなります。
コンピテンシー辞書を作るときの5つの注意点
1.抽象的な言葉だけで終わらせない
「主体性」「協調性」「責任感」などは分かりやすい一方、人によって解釈が異なります。
そのため、コンピテンシー名だけで評価せず、「そのコンピテンシーが発揮されているとき、どのような行動が見られるか」まで整理しましょう。
2.全職種に同じ基準を当てはめない
営業、エンジニア、管理部門、現場管理職などでは、成果につながる行動が異なります。
全社員共通のコンピテンシーを設ける場合でも、職種や役割ごとに具体的な行動指標を調整できる設計が必要です。
3.項目を増やしすぎない
評価したい能力をすべて追加すると、辞書が複雑になり、評価者と社員の双方にとって運用負荷が高くなります。
「自社の成果に特に関係する行動は何か」という観点から、重要度の高い項目を選びましょう。
4.理想論ではなく実際の行動にする
「高い視座を持つ」「周囲から信頼される」といった表現だけでは、評価対象となる行動が分かりません。
「どのような場面で」「何をするのか」まで具体化することで、評価基準として利用しやすくなります。
5.作って終わりにしない
事業内容、組織体制、顧客ニーズ、職務内容が変われば、成果につながる行動も変化する可能性があります。
実際の評価運用で使いにくい項目が見つかった場合は、定義や行動指標を見直しましょう。
作成したコンピテンシー辞書を人事評価・人材育成に活用する
コンピテンシー辞書は、作成すること自体が目的ではありません。評価や育成など、実際の人事業務につなげることが重要です。
人事評価の基準として活用する
コンピテンシー辞書を評価基準として利用する場合は、評価シートの項目と辞書を対応させます。
例えば「主体性」という項目について、定義や行動指標を評価シートに反映すれば、評価者が何を見るべきかを確認しやすくなります。
また、評価結果を記録しておけば、次回の評価や面談時に過去の状況と比較することもできます。
人材育成やフィードバックに活用する
コンピテンシーは評価だけでなく、育成の基準としても活用できます。
例えば、現在は「レベル1」の行動が中心で、次の等級では「レベル2」の行動が期待される場合、その差を本人に示すことで、今後身につけるべき行動を具体化できます。
このように、評価結果を「点数を付けて終わり」にせず、次の行動につなげることが重要です。
コンピテンシー辞書の運用を効率化するなら人事情報の一元管理も重要
コンピテンシー辞書を評価制度に組み込む場合、辞書を作成した後も、評価シートの配布・回収、評価結果の管理、従業員情報との紐付けなどの業務が発生します。
そのため、コンピテンシー辞書そのものの設計だけでなく、作成した基準を人事業務の中で継続的に運用できる仕組みも検討する必要があります。
サイレコでは、システム上で評価シートの作成・配布・回収を行えるほか、評価点調整にも対応しています。また、従業員情報の管理項目をカスタマイズし、人事情報の集計や経年変化の可視化にも活用できます。
コンピテンシー辞書を人事評価へ組み込む場合は、「基準を作ること」と「その基準を継続的に運用すること」を分けて考えるとよいでしょう。
なお、サイレコの導入事例では、人事評価の効率化や人事情報の一元管理を課題として導入した企業が紹介されています。例えば、株式会社リオグループホールディングスでは、紙で行っていた評価業務の効率化を課題としてサイレコを導入しています。
また、株式会社オーダースーツSADAの導入事例では、人事評価の運用を仕組み化する取り組みと、評価の進捗管理などについて紹介されています。
コンピテンシー辞書を作るためのチェックリスト
最後に、作成したコンピテンシー辞書を運用する前に、次の項目を確認しましょう。
- 作成する目的が明確になっている
- 対象となる職種・役割・等級が明確になっている
- 成果につながる実際の行動をもとに項目を設定している
- コンピテンシー名だけでなく定義を設定している
- 実際に観察できる行動指標になっている
- レベルごとの違いが明確になっている
- 似た項目を重複して設定していない
- 職種による違いを考慮している
- 評価者が同じ基準で判断できるか確認している
- 現場で試行してから正式運用する
- 評価だけでなく育成にも活用できる設計になっている
- 定期的に見直す仕組みを決めている
コンピテンシー辞書の作り方に関するFAQ
コンピテンシー辞書は何項目くらい作ればよいですか?
項目数に一律の正解があるわけではありません。評価や育成に利用する目的と、評価者が実際に運用できる負荷を考慮して設定することが重要です。項目を増やすことよりも、自社の成果につながる重要な行動を明確にすることを優先しましょう。
コンピテンシー辞書は全社員共通にするべきですか?
全社員に共通する行動と、職種・役割によって異なる行動を分けて設計する方法があります。営業と管理部門などでは成果につながる行動が異なるため、すべてを一律の基準にするのではなく、共通項目と職種別項目のバランスを検討しましょう。
コンピテンシーとスキルは何が違いますか?
スキルは業務を遂行するための知識や技術を指す場面が多い一方、コンピテンシーは高い成果につながる行動特性などを捉える考え方です。実際の人事制度では、両者を組み合わせて評価・育成の基準として利用する場合があります。
コンピテンシー辞書は作った後に見直す必要がありますか?
見直すことをおすすめします。職務内容や組織の役割、事業環境が変化すると、成果につながる行動も変わる可能性があります。評価者や現場から意見を集め、実際の運用で使いにくい項目や重複する項目がないか確認しましょう。
まとめ|コンピテンシー辞書は「行動を具体化して運用できる状態」にすることが重要
コンピテンシー辞書の作り方で重要なのは、能力名を並べることではありません。自社で成果につながっている行動を洗い出し、それをコンピテンシーとして整理したうえで、定義・具体的な行動指標・レベルまで落とし込むことがポイントです。
作成するときは、次の6ステップで進めると整理しやすくなります。
- 作成目的と対象を決める
- 成果につながる行動を洗い出す
- 行動を分類・整理する
- コンピテンシーの定義を作る
- 行動指標とレベルを設定する
- 現場で試行して修正する
また、コンピテンシー辞書は作成して終わりではありません。人事評価や人材育成の中で継続的に利用し、実際の運用結果をもとに見直すことが重要です。
評価シートの作成・配布・回収や人事情報の一元管理など、コンピテンシーを組み込んだ人事評価の運用を効率化したい場合は、人事管理システムの活用も選択肢になります。