人材を採用しても、数年以内に辞めてしまう――。採用難が続くなか、「人材定着の施策」に本気で取り組まなければ、採用コストだけが膨らみ、現場の疲弊と業績悪化を招きかねません。厚生労働省の調査では、常用労働者の離職率は1割強、大学卒の新卒3年以内離職率も3割超とされており、「辞めるのが当たり前」の時代ともいえます。一方で、限られたリソースの中でも、定着率を改善している中小企業も少なくありません。その違いを分けるのが、「場当たり的な対策」ではなく、原因分析に基づいた戦略的な人材定着施策です。
本記事では、人材定着(リテンション)の基本から、離職の根本原因、採用〜オンボーディング〜育成・評価までのフェーズ別施策、さらにKPIやデータ活用のポイントまで、人事・経営の実務に直結する形で解説します。
人材定着施策とは?定義・離職率との関係・なぜ今重視されるのか
人材不足が深刻化する中、企業にとって「人材定着施策」は、採用戦略と同じかそれ以上に重要なテーマとなっています。単に人が辞めない状態をつくるのではなく、「採用した人材が長期的に活躍し続ける状態」を設計し、実現することが求められています。本章では、人材定着の基本的な定義から、日本の離職率の実態、そして近年このテーマが急速に注目される理由を整理します。
人材定着・リテンションの定義とゴール
人材定着(リテンション)とは、「採用した人材が企業に在籍し、長期的に成果を発揮し続ける状態」を指します。単に離職を防止することだけが目的ではなく、従業員が能力を最大限発揮できる環境をつくり、活躍し続けられる状態を維持することがゴールです。
また、定着を考えるうえで欠かせないのが、離職率との関係です。
- 離職率 = 期間中の離職者数 ÷ 期首在籍者数 × 100
- 定着率 = 100% − 離職率
離職率を正しく把握することは、人材定着施策の成果を測るうえで不可欠です。「辞めさせない」ことを目的化すると、逆に組織の健全性が損なわれる場合があります。あくまで「活躍の持続」が核心だという点を企業として明確にしておく必要があります。
日本の離職・定着の現状データ(公的統計ベース)
厚生労働省が発表する「雇用動向調査」によると、常用労働者の年間離職率はおおむね10%前後で推移しています。また、新規学卒者の3年以内離職率は以下のとおりです。
- 大卒:約30%
- 高卒:約35〜40%
つまり、「新卒の3人に1人は3年以内に辞める」という状況が長年続いていることになります。加えて、離職率は産業によって大きく異なります。宿泊・飲食サービス業などは離職率が高い一方、金融・保険業などは比較的安定しているという特徴があります。
これらのデータは、企業の定着課題を考えるうえで「自社の離職率は高いのか?平均的なのか?」を判断する重要な材料になります。
なぜ今「人材定着施策」が経営テーマになるのか
かつては「辞めたらまた採用する」という発想が通用しました。しかし現在、こうした考え方は通用しなくなっています。背景には以下の構造的な変化があります。
- 労働人口の減少により、応募者数そのものが減っている
- 採用単価の上昇により、新規採用コストが年々増加している
- 育成コストの増大で、早期離職が企業の損失につながりやすい
その結果、多くの企業が「新しく採用するより、いまいる人材に定着・活躍してもらう方が費用対効果が高い」と考えるようになりました。また、定着率の高さは採用ブランドにも直結し、「長く続けられる会社」という印象が応募数にも良い影響を与えます。
さらに、人材が安定して働き続ける環境はチームワークや生産性の向上につながり、従業員エンゲージメントの向上にも寄与します。このように、人材定着施策は企業文化・採用力・業績・生産性など、多方面に良い影響を与える“戦略投資”と言えるのです。
人材が定着しない4つの根本原因を整理する
人材が定着しない背景には、個別の事情ではなく「組織構造としての課題」が潜んでいます。離職理由は多様に見えますが、大きく整理すると4つの根本原因に集約されます。本章では、企業が見落としがちなボトルネックを体系的に整理します。
① 報酬・待遇・評価への不満
最も多くの企業が抱える離職原因が「報酬・評価」に対する不満です。給与の絶対額だけでなく、評価の透明性や納得感が不足すると、従業員のモチベーションは低下し離職へとつながります。
- 給与水準が市場や同業他社と比較して低い
- 昇給スピードが遅い、成果が給与に反映されにくい
- 賞与が業績と紐づいていないなど、納得感が得られない
- 評価制度が曖昧で、上司の主観に左右されているように見える
- 福利厚生が弱く、生活支援として機能していない
重要なのは「絶対的な金額」よりも、なぜこの評価なのか/どうすれば昇給できるのかといった説明責任と透明性です。参考記事でも触れられているように、「不信感」が生まれると、十分な給与が支払われていたとしても離職リスクが高まります。
② 労働環境・働き方の問題
長時間労働や休暇の取りづらさ、柔軟な働き方が選べない職場は、従業員に大きなストレスを与えます。とくに近年は働き方の多様性が進み、柔軟性の欠如は離職理由として顕著になりつつあります。
- 恒常的な残業、休みが取りにくい環境
- 有給休暇が使いづらく、取得理由の説明を求められる
- リモートワーク・フレックス・時短勤務など柔軟な働き方が選べない
- オン・オフの切り替えが難しく、ワークライフバランスが崩れている
働き方の柔軟性は、採用力だけでなく定着率にも直結する重要な施策です。選択肢が限られる職場は、離職リスクが高まりやすく注意が必要です。
③ キャリア・成長機会の不足
「この会社にいても成長できない」と感じた瞬間、従業員は転職を意識し始めます。特に若手・中堅社員は成長意欲が高く、成長実感の欠如は強い離職要因となります。
- 研修・OJTが機能しておらず、学べる環境がない
- キャリアパスが不透明で、将来が描けない
- ロールモデルとなる上司・先輩がいない
- 仕事が単調で、裁量も少なく達成感が得られない
参考記事02でも示されているように、やりがい・達成感の欠如は転職理由の上位に位置しています。キャリアの見通しを示すことは、定着施策の中でも特に効果が大きい領域です。
④ 人間関係・組織文化・心理的安全性の欠如
離職理由として常に上位に挙がるのが「人間関係」です。特に直属の上司との関係は、早期離職の最大要因とも言われています。
- 上司とのコミュニケーションが不足している、相談しにくい
- パワハラ・セクハラ・指示の一方通行など、心理的安全性が低い
- 挑戦が歓迎されない、失敗を許容しない文化が根付いている
- 会社の理念・ビジョンに共感できず、方向性に不安がある
心理的安全性が低い職場では、ミスの隠蔽、相談不足、学習停止といった問題が発生し、結果として離職率は高まります。人間関係や文化の問題は可視化されにくいものの、定着施策において最も重要なテーマの一つです。
以上の4つの要因を正しく把握することで、自社の離職原因を構造的に分析し、優先順位をつけた打ち手へとつなげることができます。
人材定着施策の全体像:採用〜オンボーディング〜育成・評価のライフサイクル
人材定着を成功させるためには、単発的な施策を積み重ねるだけでは不十分です。採用からオンボーディング、育成、評価、配置、キャリア支援、エンゲージメントに至るまで、従業員が企業と関わるすべてのプロセスを「人材ライフサイクル」として捉え、体系的に設計することが必要です。本章では、人材定着施策の全体像を整理し、効果を最大化するための視点を解説します。
採用だけでなく「人材ライフサイクル全体」で設計する
定着率を高めるには、「採用して終わり」ではなく、入社後の活躍を見据えた全体戦略が不可欠です。人材ライフサイクルとは、採用から退職までの従業員の成長・経験を線で理解する考え方です。
- 採用(ミスマッチ防止)
- 受け入れ・オンボーディング(早期離職防止)
- 育成・スキル形成
- 評価とフィードバック
- 最適な配置とロール設計
- キャリア支援・エンゲージメント向上
これらは本来バラバラに運用されるものではなく、ひとつの流れとして統合されるべきものです。また、各フェーズで「採用担当」「現場マネジャー」「経営」の連携が不可欠であり、いずれかが欠けても施策の効果は十分に発揮されません。
短期・中期・長期で分けて考える定着施策
定着施策は、フェーズによって目的と打ち手が大きく異なります。特に重要なのは、短期・中期・長期で施策を切り分けて考えることです。
- 0〜3ヶ月|オンボーディングと早期離職防止
入社直後は「期待と現実のギャップ」が最も大きくなる時期です。1on1、メンター制度、役割の明確化など、受け入れ体制の充実が鍵となります。 - 1〜3年|成長機会とやりがいの設計
研修制度、キャリア面談、スキルアップ支援など、成長実感を得られる仕組みを整える必要があります。若手・中堅層は「成長機会の不足」が離職理由になりやすいため特に重要です。 - 3年以降|キャリア・ロールの再設計、リーダー育成
長期的なキャリアパスの提示や、新しい役割へのチャレンジ機会、リーダーシップ育成が求められるタイミングです。長期在籍者のモチベーション維持にもつながります。
このように、フェーズごとに適切な施策を整理し、計画的に実行することが、長期的な定着率向上に直結します。
中小企業ならではの強みを活かした定着戦略
人材定着というと「制度の整備」や「コストをかける施策」が想起されがちですが、中小企業には中小企業ならではの強みがあります。大企業のような画一的な施策を真似する必要はありません。
- 決裁スピードが速く、施策をすぐに実行できる
- 経営層との距離が近く、理念・方針が伝わりやすい
- 柔軟な制度設計がしやすく、従業員一人ひとりに合わせた対応が可能
こうした特徴は、人材定着において非常に大きなアドバンテージです。「画一的な大企業のマネ」ではなく、顔が見える組織だからこそできる関わり方や施策を積極的に導入することで、高いエンゲージメントと定着率を実現できます。
中小企業が自社の強みを活かしつつ、ライフサイクル全体で施策を設計することが、持続的な組織成長の鍵となります。
採用・入社フェーズでの人材定着施策:ミスマッチ防止とオンボーディング
人材定着の最初の分岐点は「採用」と「入社直後」のフェーズです。多くの企業が、定着課題を“入社後の働き方”だけで改善しようとしますが、最も離職率が高いのは入社1年目、特に最初の数ヶ月です。そのため、採用段階でのミスマッチ防止と、入社後のオンボーディング設計が極めて重要になります。
リアリティのある採用情報でギャップを減らす
早期離職の大きな原因は「期待と現実のギャップ」です。採用活動の段階で企業が“良い面だけを見せる”と、入社後に失望が生まれ離職につながります。だからこそ、採用情報はリアリティを持って伝える必要があります。
- 仕事内容・評価の厳しさ・残業時間などを「盛らずに正直に」提示する
- ネガティブ情報の後に、「その代わりこうサポートします」とフォローメッセージも添える
- RJP(リアリスティック・ジョブ・プレビュー)を活用し、実際の仕事をリアルに見せる工夫をする
「弱みを隠さない採用」は、短期的には応募数が減る可能性がありますが、長期的な定着率は確実に高まります。ミスマッチの予防は、最も投資対効果の高い人材定着施策です。
入社前後のオンボーディング設計
オンボーディングとは、入社後に従業員がスムーズに組織へ馴染み、早期に活躍できるよう支援するプロセスのことです。ここが不十分だと「放置されている」「思ったより大変」という感情が生まれ、離職リスクが一気に高まります。
- 入社前オリエンテーションやウェルカムキットの準備で、安心感を高める
- 初日の導線(誰と会うか、何をするか)を設計し、迷いや不安を取り除く
- 入社直後の1〜3ヶ月を「オンボーディング期間」と定義し、タスク・目標・支援者を明確化する
- 中途・新卒でサポートを変える(中途は“即戦力期待”を調整し、マニュアル整備を丁寧に)
オンボーディングは「やっているつもり」になりやすい領域です。チェックリスト化し、再現性を持たせることで、定着率が大幅に改善します。
メンター・バディ制度と1on1の活用
入社直後は、従業員にとって最も不安が大きい時期です。上司だけでなく、メンターやバディを配置することで、心理的安全性が高まり、早期離職を防ぐことができます。
- 入社後3〜6ヶ月までは「上司+メンター」の二重サポートが有効
- 1on1ミーティングで、不安・キャパオーバー・人間関係の悩みを早期に把握する
- リモートワークの場合はカジュアル面談や雑談時間を意図的に作ることが重要
特にオンライン環境では「相談しづらい」「孤独を感じる」状態が増えやすいため、定期的なコミュニケーションの設計が欠かせません。小さな気づきが、大きな離職防止につながります。
中堅・若手の離職を防ぐ人材定着施策:やりがい・キャリア・裁量設計
中堅・若手社員が辞める理由の多くは、「成長が実感できない」「キャリアの将来像が見えない」「やりがいを感じられない」といった“心理的な要因”にあります。特に優秀層ほど成長意欲が高く、評価の不透明さやキャリア停滞は離職の直接要因となります。本章では、若手〜中堅層の定着率を高めるために、企業が取り組むべき重要な3つの領域を解説します。
やりがい・達成感を生む人事評価とフィードバック
従業員が「この会社で成長できている」と実感するためには、公正で納得感のある評価プロセスが欠かせません。評価の仕組みが不透明だったり、面談が形式だけのものになっていると、従業員は努力が報われないと感じ、モチベーション低下につながります。
- 公正・公平な評価基準を明文化し、全社員に共有する
- 成果だけでなく、プロセス(挑戦・改善・協働など)も正当に評価する
- 評価面談の質を高め、「どの点が評価されたか」「次に何を伸ばすべきか」を具体的にフィードバックする
- 次期目標や成長課題を明確に示し、期待値をすり合わせる
評価は“査定の場”ではなく、“成長を支援する場”として機能させることで、従業員はやりがいと達成感を得られます。特に若手ほどフィードバックへの感度が高いため、面談の質は定着率に大きく影響します。
キャリアパス・スキルマップの見える化
従業員が長く働くためには、「自分がどこに向かって成長できるのか」が明確になっていることが重要です。キャリアの見通しが立たない職場では、将来に不安を感じ、転職を検討しやすくなります。
- 等級ごとに求められるスキル・役割・期待行動をモデル化する
- 専門職コース/マネジャーコースなど複線型キャリアパスを提示する
- スキルマップを作成し、必要な能力と現在のレベルを可視化する
- 「この会社に残ることで得られる成長・キャリアの魅力」を具体的に伝える
キャリアパスが明確になることで、従業員は「自分の未来をこの会社で描ける」と実感しやすくなり、離職意向が大幅に下がります。
裁量付与と挑戦機会のデザイン
やりがいを生むもう一つの大きな要素が「裁量」と「挑戦の機会」です。“任されている実感”は、モチベーション向上と成長スピードを大きく左右します。逆に、細かく指示され続ける職場では、挑戦意欲が削がれ、早期離職につながりやすくなります。
- 上司は「方向性やゴール」を示し、進め方は本人に任せる
- 小さなプロジェクトのリーダーや、新しい業務の担当など、段階的に裁量を広げる
- 職務の幅(ジョブエンリッチメント)を少しずつ広げる仕組みを整える
- 失敗を許容し、学びに変える文化を醸成する(振り返り会・レビューなど)
従業員が「自分で考え、動き、成果を出せた」と実感できる環境は、強力な定着要因となります。挑戦の場と裁量を与えることは、若手・中堅層にとって最も魅力的な職場づくりの基盤です。
これら3つの要素を組み合わせることで、中堅・若手の高い離職率に歯止めをかけ、長期的な戦力化につなげることができます。
報酬・福利厚生・働き方改革による人材定着施策
人材定着を実現するうえで、報酬制度・福利厚生・働き方改革は欠かせない柱です。これらは従業員の「安心して働ける基盤」をつくると同時に、企業への信頼や働きがいにも直結します。本章では、企業が取り組むべき3つの重点施策を解説します。
報酬・評価と連動した納得感ある給与設計
給与への不満は離職理由として常に上位に挙がりますが、重要なのは「金額そのもの」よりも納得感です。評価と給与が正しく連動していると従業員は成長実感を得やすく、定着につながります。
- 市場水準と社内公平の両面を意識し、適切な給与レンジを設定する
- 昇給・昇進の基準を明確にし、評価と紐づけて説明することで不信感を減らす
- ベースアップが難しい場合は、職務手当・成果インセンティブ・スポットボーナスで補完する
「何を達成すれば給与が上がるのか」が可視化されることで、従業員のモチベーションは大きく向上します。
福利厚生・健康経営と定着率の関係
福利厚生は「あるかないか」よりも、「従業員の生活や健康を本当に支えているか」が重要です。特に健康面の支援は、厚生労働省も推進する健康経営の観点から、定着率に直結する要素となっています。
- 住宅手当・家族手当・通勤手当・リモート手当、退職金制度など基本的な福利厚生を整える
- メンタルヘルス対策として、ストレスチェック、産業医面談、健康相談窓口を設ける
- 従業員のライフステージに合わせ、育児・介護支援制度を用意する(時短勤務・費用補助など)
福利厚生が充実していると、従業員は会社から大切にされている実感を持ち、長期的に働く意欲が高まります。
ワークライフバランスと柔軟な働き方制度
働き方の柔軟性は、現代の労働市場において採用力と定着力の両方に影響する重要施策です。従業員が「無理なく働ける」と感じられる環境を整えることで、離職率を大きく下げられます。
- フレックスタイム制、テレワーク、時短勤務、副業解禁など、多様な働き方を認める
- ノー残業デーや勤怠モニタリングによる長時間労働の是正を進める
- 制度が「あるだけ」で終わらないよう、上長教育や職場の雰囲気づくりによって、使いやすい風土を整える
制度だけ整えても実際に使われなければ意味がありません。「休暇が取得しやすい」「リモートが気兼ねなく使える」といった職場の空気感こそが、ワークライフバランスを支える鍵になります。
これらの施策は単独で機能するのではなく、組み合わせることでより強力な人材定着効果を生みます。報酬・福利厚生・働き方の三位一体で、従業員が安心して長く働ける環境を構築することが重要です。
人材定着施策を「やりっぱなし」にしないためのKPIとデータ活用
人材定着施策は「実施して終わり」にすると効果が持続しません。重要なのは、データをもとに継続的に改善し、施策の質を高め続けることです。本章では、人材定着のモニタリングと改善に必須となるKPI、サーベイ活用、そしてPDCAの回し方を解説します。
まず押さえたい基本KPI
人材定着の状態を測るうえで、最初に押さえるべき指標(KPI)は以下の通りです。特に「部署別」「年次別」「職種別」での可視化がポイントです。
- 離職率・定着率(全社/部署別/年次別/職種別)
- 平均勤続年数、入社1年・3年後の在籍率
- 残業時間・有給取得率・オンボーディング完了率などの労務データ(厚生労働省が推奨)
これらのデータを定点観測することで、組織の課題が「採用」「育成」「労務」「文化」のどこにあるのかを把握でき、改善施策の優先順位が明確になります。
従業員サーベイ・エグジットインタビューの活用
数値では見えない“従業員の本音”をつかむには、サーベイや退職面談の活用が不可欠です。
- ESサーベイ・パルスサーベイでエンゲージメント・心理的安全性・マネジメント満足度を定点観測
- 退職面談(エグジットインタビュー)で「建前ではない、本当の離職理由」を把握
- 定量(KPI)×定性(声)を組み合わせることで、課題の優先順位が明確になる
サーベイは「実施しただけ」になるケースも多いため、結果を施策に反映する仕組みが重要です。部署別スコアの差異や回答傾向を分析することで、改善の“ヒント”が得られます。
PDCAと小さなPoCで施策を磨く
人材定着施策は、一度に多くの施策を詰め込むと形骸化しがちです。成功している企業の共通点は「小さく試して、良いものを広げる」ことです。
- 全施策に一気に手を付けるのではなく、2〜3施策に絞って90日単位で検証する
- 成果が出た施策は標準化し、他部署へ横展開していく
- 人事システム・BIツール・スプレッドシートなど、自社規模に合ったデータ管理方法を選ぶ
小さなPoC(試験導入)と継続的なPDCAにより、施策の精度が高まり、無駄な取り組みを削減できます。データと声を活かすことで、組織は確実に「辞めない会社」へ進化します。
中小企業が現実的に取り組める人材定着施策ロードマップ(90日〜1年)
中小企業にとって、人材定着施策は「理想論」ではなく、限られたリソースの中で“現実的に実行できること”から始める必要があります。本章では、今日から実践できる90日〜1年のロードマップを提示します。
0〜30日|現状把握と課題の特定
- 離職率・残業時間・有給取得率など、まずは基本データを棚卸しする
- 直近の退職者や現場マネジャーにヒアリングし、リアルな声を収集する
- 「採用ミスマッチなのか」「評価制度の問題か」「人間関係か」など、定着阻害要因の仮説を立てる
最初の30日間は「施策を打つ前の診断期間」。正確な現状把握が、その後の成功に直結します。
31〜90日|優先度の高い3施策に絞って実行
一度に多くの施策を走らせると、形骸化しやすくなります。効果が大きい施策から、まずは3つに絞って着手しましょう。
- 例:新入社員オンボーディング改善/1on1導入/評価基準の明文化
- 「誰が・いつまでに・何をするか」を明確にしたアクションプランを作成
- 成果を測るKPIと、現場の感覚を拾う観察指標(声・反応)を設定
この期間は「試行と観察」を繰り返し、改善の方向性をつかむフェーズです。
90日以降〜1年|評価・改善・制度化
90日以降は、短期施策の効果を検証し、組織にとって有効なものを本格的に制度化していきます。
- KPIの推移・退職理由・上司・従業員のフィードバックを踏まえて施策を見直す
- 上手くいった施策は制度・ルールとして標準化し、属人化を防ぐ
- 1年ごとに「人材定着戦略」を見直し、アップデートするサイクルを構築する
このサイクルが回り始めると、人材定着は「一時的な取り組み」ではなく、企業文化として根付いていきます。中小企業でも再現性高く実施できる、確かな改善プロセスとなります。
まとめ:人材定着施策は「短期×中期×長期」の積み重ねで成果が出る
人材定着は、単なる「離職防止」ではなく、社員一人ひとりが長期的に活躍し続けられる環境をつくる取り組みです。本記事では、採用段階でのミスマッチ防止、オンボーディング、評価制度、キャリア形成、心理的安全性、働き方改革、福利厚生、組織文化、KPI運用まで、人材定着に不可欠な施策を包括的に整理しました。
特に重要なのは、人材定着を“断片的な施策”ではなく、人材ライフサイクル全体を貫く戦略として設計することです。採用で期待値を揃え、入社後の不安を取り除き、評価とキャリアで成長を支援し、心理的安全性と働きやすさを整える──これらが連動したとき、定着率は大きく改善します。
また、施策をやりっぱなしにせず、KPI・サーベイ・エグジットインタビューなどのデータで継続的に見直すことも欠かせません。中小企業でも着手しやすい「90日〜1年のロードマップ」を回すことで、小さな成功が蓄積し、組織文化としての“辞めない仕組み”が育っていきます。
もし自社の定着率改善に課題がある場合は、まず小さな一歩として、オンボーディングや1on1など、取り組みやすい施策から始めてみてください。必要に応じて専門家の支援やツールの導入を検討することで、改善スピードをさらに高めることができます。